青空書房を初めて訪れたのは浪人生のときでした。日本筒井党機関紙「脱走と追跡の情報」で、あの『不良少年の映画史』に出てきた古書店が天神橋筋五丁目にあることを知り、梅田駅からひとり歩いて行ったのです。筒井さんの署名本が置いてあると思ったものの、棚にそれらしきものはなく、おずおずと訊ねると新刊が出るときに一部のファンのかた中心に販売していて、今はお分けするものがないんですよと、初めて会う若者にも坂本さんは優しく、そして少しすまなそうに応えてくれました。
その後、大阪に出るたびにおうかがいして、坂本さんに顔を憶えていただけるようになるまでにそれほど時間はかかりませんでした。坂本さんの話を聞くのが楽しく、ずっと話し込んでしまうこともしばしばでした。日本筒井党の大阪での例会の帰りに立ち寄ったり、筒井さんの新刊にあわせて訪れたり、大学を卒業し東京に出てからも帰省するときには足を運んだものでした。棚から本を選んで持って行くと「ええのん見つけたね」と笑顔でその本や作家についての話をしていただくのは私にとって特別な時間でした。本は一人で楽しむものと思い込んでいた私は坂本さんによって読書は孤独な営みだけではないということを教えてもらったのです。
青空書房と取引のあった関西の取次が休業してからは、筒井さんの新刊の手配もさせていただきました。発売日にしか手元に来ないことも多く、私のほうから坂本さんの元に送り、そこから筒井さん、そして署名されたものがふたたび坂本さんのところへという経路を辿るため、本を待っているかたに届くのにも時間がかかったかと思います。すみません。
坂本さんはもちろん奥さんにも優しくしていただきました。店番しとくから二人で行っといでと送り出され、向かいのお店で鍋焼きうどんを何度もご馳走になりました。本当にありがとうございました。奥さんが亡くなられた後、思い出をお手紙にして出したら、長い長い、心あふれるお返事をいただきました。
筒井さんの実家から坂本さんのところへ来た「出世椅子」にも行く度に座り座りと言って座らせてくれました。船場での幼い頃の思い出、戦後間もなく古本屋をはじめたころのこと、そして最近の小説のこと、「新青年」のこと、時代小説とその挿絵画家のこと、いっぱいいっぱいお話をしていただきました。十年前、四十日ほどの入院生活から退院したことを伝えた際には「本当に良かった。死ぬほど心配した」と言っていただきました。ご心配をおかけしました。
ご自宅を新たな青空書房として再出発してから初めて訪れた時には、奥さんに綴った絵手紙や「本日休ませていただきます」のポスターで坂本さんを知るかたも増えていました。「時代小説のことを書きたい」と始まる原稿のコピーに朱印を押し、東京に帰る時に読んでやと渡された時もありました。
筒井さんの新刊情報については知るたびに坂本さんに電話でお伝えして部数を相談していました。黒崎町の店を閉じたとき今後どうしようかという話になりましたが、筒井さんを好きで署名本を楽しみにしているかたがいるからやめるわけにはということで続けていました。
最後にいただいた、五月十六日消印の葉書にはこうありました。
「また筒井さんの時代再来みたいで嬉しい限り。センセイやっぱりやさしくあたたかく変らぬ豊かさを感じています」
坂本さんとお会い出来て、おつあきあいさせていただいたことは私の一生の誇りです。
今は天国で奥様と再会されて、つもる話をされていることと思います。
ゆっくり休んでいただいて、そして私もそちらに行ったら、また青空のもとで本の話を聞かせてください。
ありがとうございました。