筒井康隆氏についての…

筒井康隆さんについての情報を中心としたブログです

泡坂妻夫氏のこと

 「新!読書生活」へ行こうと帰り支度を急いでいた時に泡坂妻夫氏の訃報を耳にした。病気されているなどの認識はなく、あまりにも突然だったものだから何かを考える余裕もない。東京創元社に電話をして少し話を聞くことくらいしか出来なかった。
 ミステリのみならず物語の優れた書き手であり、また奇想さも論理性も、そして笑いも兼ね備えた方だった。ぽつねんと現れ、狼狽し、転倒し、逃亡する名探偵「亜愛一郎」。その命名理由も素晴らしいし、シリーズ全体での仕掛にもしびれた。「右腕山上空」は今も時折読み返したくなる、生涯ベストミステリのひとつと言っていい。
 『しあわせの書』はもちろん、空前絶後の『生者と死者』など稚気と実験精神にあふれた作家でもあった。私が新刊で同じ本を二冊買ったのは、筒井さんの著作を除いてはこの『生者と死者』くらいしか記憶にない。
 「新!読書生活」開演前に平石滋さんと話していたのだが、筒井さんと泡坂氏でぱっと思いつくのは『秘文字』(泡坂妻夫中井英夫日影丈吉/共著 長田順行/監修 社会思想社)である。学生時代にこの本のことを筒井さんのエッセイで知り、普及版は入手したものの解答部分の袋とじを破る勇気がなく、さらに数年後に飯を何度か抜いて買った函入本でようやくその全容をつかむことの出来た忘れられない作品だ。書影を掲げておきたい。

 既刊を含んだ作品集であったのにもかかわらず『奇術探偵 曾我佳城全集』が年間ミステリベスト1に挙げられた翌年の春、ジュンク堂書店池袋店で泡坂氏のテーブルマジックを見ることが出来たのは幸せだった。アンコールを求められて「マッチ棒ありますか」とすぐ応えていた姿が今でも思い浮かぶ。温かな人柄とその手さばきにほれぼれしたものだった。
 またひとり敬愛する方を亡くした。淋しい。
 ご冥福をお祈りします。