「新潮社創業120年記念トーク「筒井康隆ワールドの過去・現在・未来」」
レポート後半。「・」が佐々木さん部分です。
・『虚航船団』について。『脱走と追跡のサンバ』→『虚人たち』といった連続性もうかがえる。メタ的な私小説からメタ的な全体小説へ。
『虚人たち』を上梓した時、ほとんどいっていいほど反応がなかった。それならばと『虚航船団』を書いた。「新潮社純文学書き下し特別作品」から出ることは決まっていたので、面白さと前衛が同時に味わえるものにした。当時のことは余り思い出したくないが、「週刊文春」で栗本慎一郎が「ちっとも笑えない」という書評を書き、それからスポーツ紙の書評記事などでも批判的なものが続いた。今になって『虚人たち』や『虚航船団』は受け入れられてきた。カスガさんの「萌え絵で読む『虚航船団』」というものもある。
・今でこそ『虚航船団』のような物語は多くある。当時は批評する土台がなかったのではないかと思う。
・『虚航船団』のラストについて。本を読んでいる時、私たちは夢の世界を旅しているような心地だが、最後の頁を読み終わると現実に戻ってしまう。しかし『虚航船団』はあの最後の科白によって夢がこれから始まるのだという気持ちになる、とても素晴しい幕切れだと思う。物語の結末について。
いみじくも佐々木さんが「幕切れ」とおっしゃったが、映画ではラストシーン、芝居では幕切れという。その幕切れについては私は芝居をしてきたし戯曲全集も多く読んできたので、幾通りもの幕切れが頭の中にある。『文学部唯野教授』の幕切れを大江健三郎さんが褒めてくれたが、ああいう幕切れは他でもある。
・『モナドの領域』の幕切れも印象に残る。
あの物語のなかで気に入っているホームレスを最後に持ってきた。もし『モナドの領域』が映画化されるならあのホームレスを演じたい。
・導入部に近い場面がラストで繰り返されるのも印象的。
悲劇的ではないが余韻の残る幕切れになっていると思う。
・『夢の木坂分岐点』について。夢の世界を描いてネットゲーム、RPGの先駆的作品。「分岐点」という言葉がまさにRPGの先取り。『ダンシング・ヴァニティ』もそうだが反復が多用されている、このことも演劇と関係がうかがえる。
ジャック・リヴェット監督の映画「セリーヌとジュリーは舟でゆく」だけではなく、繰り返しは芝居ではプリーストリーの「危険な曲がり角」などもある。ただ小説内で文章を反復することの効果については自ら考察しようと長めのエッセイ(「反復する小説―『ダンシング・ヴァニティ』再考」)を書いた。『虚人たち』の際にも「虚構と現実」を書いたように、小説での効果を考えるためにエッセイを同時に書くことが多い。先日、蓮實重彦氏の「伯爵夫人」を読んだが、作品内で科白や白い光などが繰り返し使われている。実に面白く、反復の効果が実感でき、個人的には回答をもらった気がして感謝している。
・実験的な手法を自ら楽しみながら実践して、同時に読者を楽しませることを考えているということ。
同じアイデアは繰り返さないことを自分には架している。反復は小説の「技法」であり、アイデアではない。アイデアを繰り返さないということはSF出身であることが大きい。星さんも小松さんも同じアイデアを使って作品を書くということに対して厳しかった。「日本以外全部沈没」は例外だが。
・純文学の世界では同じテーマを一貫して描いてそれがその作家の特性ともなっていることがあるが。
一つのことを究めていくということも素晴しいと思うし、尊敬する。私自身は同じアイデアを繰り返さないということ。
・『世界はゴ冗談』所収の「ペニスに命中」について。おかしな人物を描いたら筒井さんの右に出るひとはいないと思いますが、どうやって書いているのか。
「ペニスの命中」の主人公はそれこそマルクス兄弟のグルーチョ・ハーポ・チコがひとりの中に混在している。どう書けば読者が驚くか、逆に裏切られるか、考えて書いた会心の作品。書きはじめた時に余りにもトーンが高くてこの調子だと大変かと思ったが却ってやる気が起きて短篇としては長めになった。
・『モナドの領域』は330枚ですが、作品の長さを構成するのは。
『モナド』の場合は3章以降がGODの独壇場なので前半2章でバランスをとり、各章をそれぞれ4つのパートに分けた。
・『モナドの領域』はGODが人間の限界を超えて行く作品。筒井さんには限界や禁忌を突破して行くような作品が多いが、現在の日本では限界まで達せずその中に留まることで利を得ようとする人が多いように思う。その状況について。
表現の自由については日本は不自由な状況が進んでいる。断筆も他にやるひとがいなかった。せめて作家がやらなければと思う。日本では身を滅ぼすことの出来るタブーがまだあるということ。それと戦わなければ。
「人権」と「表現の自由」を秤にかければ「人権」が重いが、表現の自由を求め続けなければと思う。
・何度も聞かれているであろうことを敢えて最後に、この場にいる皆さんも同じ思いを抱いていると信じてうかがいます。『モナドの領域』の先の新しい作品は。
これからも先を期待されているということに対してはありがとうと言いたい。そう思っていただけると安心して往生出来る。最近昔の作品が復刊されて自分でもあの時代によくこんな作品を書いたなあと思う。過去の作品を読んでもらえれば。
・過去の作品といえば『時をかける少女』がドラマ化ですが。
「時をかける少女」は「金を稼ぐ少女」と言ったのは随分前。それからも舞台になったり今度はドラマになったり。
・重版されてり復刊されたり、過去の作品が新作と並んでいる状況。
有り難い。「七瀬三部作」のあとには七瀬という名前の方が多くなったり。時代に合わないので書き直してくださいと言われる作家もいるが、私の場合はそんなこともない。
・筒井さんの作品のなかに絶対的な新しさがあるからだと思います。新たな読者が生まれていくと思いますので、是非今後も書き続けていただきたいと願います。
ありがとう。今日は今までのイベントと同じような質問が出なかった。感謝します。
立ち上がって客席に手をあげる筒井さん。大拍手でした。
筒井さん、佐々木さん、素晴しい時間をありがとうございました。