筒井康隆氏についての…

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「小松左京とSF蜜月時代」(レポートその1)

小松左京展」オープニング記念対談 筒井康隆×豊田有恒小松左京とSF蜜月時代」

 台風19号の影響で午後からの開館となった世田谷文学館、そして初日を迎えた「小松左京展―D計画―」へ行ってきました。

 世田谷文学館入口には「小松左京」の四文字。ショップには小松さんの著作文庫、新装となった完全版全集、「小松左京マガジン」をはじめ、展覧会図録、生頼範義氏のイラストレーションを使用したポストカードやカレンダー、トートバッグなど多数販売。
 1階で開催中のコレクション展「「新青年」と世田谷ゆかりの作家たち」は再訪時にゆっくり見ることにし、早速2階の「小松左京展」へ。


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 自画像、ダンテ「神曲」、牧神座に寄せた戯曲、愛用のヴィオラ高橋和巳との交流、「対話」、漫画『大宇宙の恐怖アンドロメダ』『イワンの馬鹿』原画、経済誌「アトム」、作家デビュー、ショートショートや作品評のスクラップブック、SF蜜月時代、筒井さんや星さんの手紙・年賀状、締切を投げ出して書いたという大伴昌司さんへの追悼文、「日本沈没」への想いを吐露した半村良氏の手紙、書斎の再現、『日本沈没』『さよならジュピター』等大作の構想メモ・原稿・映像に関する資料・グッズ、電卓、万国博覧会国際花と緑の博覧会桂米朝師匠、愛した猫たち等々…、豊富な資料が所狭しと並ぶ、素晴らしい展示でした。またじっくりと観に来ようと思います。


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 16時半、チケット整理番号順に入場が開始。台風の影響で交通事情も良くない中でしたがすぐに会場は満員に。小松さんと筒井さんの対談が掲載されている「小松左京マガジン」や、出たばかりの豊田有恒さんの『日本SF誕生』を手にしている方も。
 
 17時、菅野館長の挨拶のあと、筒井さん、豊田さんが拍手に迎えられて登壇。筒井さんは、台風の影響があるにもかかわらず満席となっていることへの感謝を述べられ、対談がスタートしました。
 筒井さんは、豊田さんとの事前打ち合わせで、小松さんの作品・思想・活動は膨大すぎて、とても短時間では語れない(小松左京研究会=コマケンの存在もある)ので、ともに過ごした中での小松さんのエピソードを話そうということになったと話され、まずは豊田さんと小松さんの出会いから。
 豊田さんが大阪に行った際、紹介され、カレーをご馳走になった。小松さんはカレーが大好きで、イオの事務所が入っているビルのエレベーターは常にカレーの匂いがしていた。
 食べ物関連で筒井さん。まだ同人誌に書いていた頃、美味しいものを食べさせてやるとOS裏の韓国料理屋で韓国冷麺を初めて食べ、こんな美味しいものがあるのかと思った。焼肉をいっしょに食べたときは、焼ける前の、生に近い肉を小松さんが端から食べてしまうので、負けじと自分でも生に近い肉を食べられるようになった。豊田さんも「私も生肉を食べられるようになりました」と。最初から会場は大爆笑。
 第1回日本SF大会(MEG-CON)での筒井さんのエピソード。「NULL」代表として喋ろうとしたがうまく喋れず、豊田さんから野次をもらってようやく喋ったという記憶がある。豊田さん、あれは「なぜSFを好きになったか」という質問に、半村良さんが「女房に逃げられたから」と応えたのが受けちゃって、あとの人が喋りにくくなったんですよね、と。
 大阪でNULL STUDIOをやっていた頃は小松さんは毎日のように訪れてくれた。前にあった大阪窯業耐火煉瓦に勤めていた眉村卓さんと三人でずっと話していた。素晴らしい時間だったと筒井さん。
 大阪でのSF大会・DAICONは星・光瀬・平井・豊田・手塚各氏ほかが参加。放映前の(主題歌もまだ出来ていない)『鉄腕アトム』のパイロットフィルムを流したりした。夜の合宿では小松さんと豊田さんが論争になったことを憶えている。豊田さん、あれは確か黒人が人種差別にどんな影響を与えたかという話で、小松さんはエジプト王朝にまでさかのぼって、こちらは全く歯が立たなかったと弁明。
 ほか中ノ島でのボート上のプロポーズ、筒井俊隆さんがやっていた同人誌「カオス」に小松さんが書かれた「汚れた月」のこと。豊田さんがマヤ文明についてのテレビ番組取材で小松さんとメキシコに行った際に出てきたステーキ肉の硬かったこと(翌日取材したジャガーが餌として出された肉を苦心して噛み切っているのを見た小松さんが「あのプロでさえ噛み切れないんだぜ」と言った話)など爆笑の逸話が続々。
 そしてファンには有名な、日本SF作家クラブの東海村原子力研究所見学でのエピソード。
 小松さんが高度な質問を多くして、困った平井和正さんが「あの池には魚がいますか」と聞いたエピソード。星さんの有名な発言。「原子というものを見せてください。見ないと信用できない」「女房に指輪にして持って帰りたいから原子をひとつ貰えませんか」も、実際その場におられたお二人から語られると、伝説を目の当たりにして爆笑しながら有り難い気持ちになってしまいます。
 小松さんのジョークは顰蹙を買うものも多かったと豊田さん。宇宙開発の講演で高度な内容で聴衆がついてきていないことを感じた小松さんが「宇宙にいると異常妊娠が増えて……、これを「地球外妊娠」と言って…」と会場をあきれさせた。
 小松さんはイタリア文学でピランデルロ(『作者を探す六人の登場人物』等)を専攻していて、語学にも堪能だった。一度、ショートショートを英訳して渡さなければならないことがあったが、英訳されたものをその場で修正していた。またOS裏のキャバレーへ行ったとき、楽屋口でカンツォーネをテープで聞かされ、それを日本語で歌えるように楽譜にすらすらと採譜しながら書いていて驚いた。
 乃村工藝社時代の同僚と小松さんがカルテットを組んで演奏したこともあった。今回の展示で愛用のヴィオラを見たが、あの大きな楽器は小松さんに相応しいと思う、と筒井さん。
 小松さんはサスペンダーとベルトを両方していた。サスペンダーで吊り上げると股が痛くなるからベルトで押さえていた、と豊田さん。
 小松さんのジョークは下品だったが、面白かった。アンドロイドの最後の「oid」は似たものという意味。下半身だけの(スカート用の)マネキンを見て「おいどいど」と言っていた、と筒井さん。大阪弁がわからないと面白さが…、と豊田さん。
 とにかく有り難く、面白かったです。メモはここで3分の1くらいですが、続き、書けるかなあ。